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生命科学の研究者のブログ

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生きてる

気づいたら1年以上ブログを更新していなかった。

1年間の間に僕は無事に博士になり、その後ポスドクをやっている。
環境は変わったが、別にこの間も元気モリモリで研究していた。

なんとなくブログに時間を割く気にはならなかったので放置していた。

今でこそこうして記事を書いているが、別にまた定期的に更新する気になったわけではないので、
次の更新はいつになるかわからない。

ブログを書くことはなんというか、特に目に見える形で見返りがあるわけではないので、完全に自己満足のために書いてきたし、これからも自分が書きたいときに書くと思う。もしかしたら今後もっと記事を投稿するくらい心に余裕ができるかもしれないし、できないかもしれない。何が言いたいのかというと、書きたいと思ったときにまた書く気があるという意思表示をしたいのかもしれない。


学生からポスドクになって何か変わったかというと、変わったこともあるし、全然変わらないこともある。でも一つ確かなのは、自分がとても不安定な場所にいるなということ。3年後4年後どこで何をしてるのか全く読めないということは、ストレスに感じることもあるけれども、逆に色々な可能性が広がっていると思うようにしている。それにどこにいようが研究をしているだろうことは多分間違いないだろうし。次のステップへの選択肢をなるべくたくさん持つため、頑張らなきゃなと思う。

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仮面浪人をした話 その3

わざわざ仮面浪人をしてまで志望校に合格したかった一つの理由は、当時の僕にとって唯一の取り柄は勉強ができることであるように思っていたから。

小学生の時に夢だったサッカー選手は、気づいた時には諦めていた。「諦めずに努力すれば夢は叶うんだ」と大人たちが繰り返し言うことを昔の僕は心のどこかで真に受けていて、「僕も諦めなければ夢を叶えられるんだ」と思っていた。だから客観的に考えれば至って平凡な能力だった小学生の僕も、いつかは花が開く時が来ると漠然と思っていた。

だから高校一年の終わりにサッカー部を辞めた時、とっくに分かっていたはずの現実が「途中で辞める」というどこか後ろめたい行為をより一層重たくし、しばらく僕の気分は沈んでいた。腹を立ててもいた。夢は叶うなんて大嘘じゃないか。なんであんなにたくさんの大人が「夢は叶う」なんて無責任なことを軽く口にできるんだ、と。

練習に参加する必要が無くなり、突然持て余すようになった時間を、忙しさにかまけて放っておいたことを片付けつつ、さて自分の将来をどうするかと漠然と考えて過ごしていた。

サッカー部を辞めるというのは、ある意味僕にとってすごく屈辱的な出来事だったんだと思う。小学生の時に夢は何かと聞かれ、迷わずサッカー選手と答えていたのに、高校生の僕は公然とそれを放り出してしまったから。自分が言ったことを実現することができない才能も根性も無い無能な人間であることを認めているように思えたから。

じゃあ一体自分は何ならできるんだと問うた時に、浮かんだのが勉強だった。同級生の誰もが行けるわけではないレベルの大学に合格することで、少なくとも自分が何かを達成できるんだということが示せるような気がした。

高3になって志望校に合格したい一心で身を削るように勉強した。その後であっけなく志望校に落ちた。滑り止まった大学に通い始めても、僕はサッカー部を辞めた時に味わったのと似たような屈辱を感じていた。またか。あれだけ勉強したのにまた結局達成できなかったのか。

一つだけ違ったのは、完全に終わったわけではなく、まだチャンスがあるように思えたこと。まだ自分が少なくとも何かを達成できるんだということを証明するチャンスが。講義やテストこなしつつこそこそと受験勉強を続け、夏になって理由は分からないけれど現役の時は常にE判定だった模試でA判定が出た時、このチャンスを逃してはならないとまた身を削るような生活を始めた。

結果として仮面浪人一年で雪辱を果たせたことは、自分が何かに取り組む時の自信や動機に結びついているように思う。

勉強がそれなりにできるという才能があったという点で僕は幸運だった思う。サッカー選手やその他の何かになる才能は無かったけれども。多分誰にでもできることじゃない。努力はしたけれども、じゃあ努力すれば誰でもできるかというとできないと思う。サッカーではダメだったけれども、代わりに自分の武器となるような分野を見つけられたことが、その時期の自分にとって何より重要なことだったと思う。

受験シーズンが終わった直後だからか、仮面浪人で検索して訪れる人が結構いるのだけれども、申し訳ないことはあまり一般化して言えるような教訓が無いこと。自分がこういう動機でこういう生活をして、と言うのは僕の時は上手くいったけれども、それを他の人がやって上手くいく保証は全く無い。成功者は「こうしたら上手くいく」と声高に言うかもしれない。でもそれを聞く時に気を付けなくてはいけないことは、その成功者に失敗した経験が無い場合、どうやって失敗を避けるのか説得力のあるアドバイスができないことと、失敗者は多くの場合声を上げないこと。声を上げる成功者に埋もれてたくさんの声なき失敗者がいる。その失敗者はもしかしたら成功者と同じことをしてダメだったのかもしれない。何をどうするのがベストなのか、それは必ずしも成功者の声だけでは導けないように思う。

【関連投稿】
仮面浪人をした話
仮面浪人をした話 その2
部活を途中で辞める奴は根性無しなのか?

人付き合いと年齢とSNS

年齢を重ねると人との付き合い方も変わってくるように思う。もしくは、年齢に応じた人との付き合い方というものがあるのかもしれない。高校生なりの人との付き合い方。大学生なりの付き合い方。社会人なりの付き合い方といった具合に。

高校生の頃は、グループを気にしつつもあまり友達との距離など気にせずに付き合いをしていたように思う。それが大学に入ると、高校の時よりも世界は少し広くなって、一般的な人付き合いのマナーのようなものが頭の片隅に入ってきたような気がする。遠すぎても余所余所しすぎて関係に面白味が無いし、かといって近すぎても拒絶されてしまう。実際に失敗も含めた対人関係の経験の蓄積で適度な距離感のようなものを会得していったのかもしれない。

大学生の頃の僕はそんな対人関係を楽しんでいた所があって、相手を傷つけないように相手の大事な引き出しを開けたいと思っていた。なぜなら相手の中心部に迫るほどその人について理解できるし、その人の考え方や背景を知ることでより関係に深みが生じるように思えたから。一人の人間がどういう風に生きているのか知ることは、それ自体でも興味深いことだし、それを自分の生き方にも反映することができるから。そういう会話は当然一方的なものでは成り立たないので、自分の引き出しも順次開けつつ上手く相手の面白い話を引き出せた時は、その人との関係を一段階進められたような気になった。

そんな楽しかった大学もじきに終わる。大学院に入ると、いつからか周りの人との距離感を広く保つようになり、それが心地よいと思うようになった。会話は決して皆の表面より下に潜るようなことは無く、当たり障りが無くて誰も傷つかないし、引き出しを開けるのにエネルギーを使うこともない、そんな関係が多くなったと思う。それでも長く一緒に過ごしている人に対しては、その人の内部でくすぶっている核の形がおぼろげに分かるようなこともあるけれど、そんな時も不要なことは言葉にはせず、自分はあなたの表面しか知らないんだというような関係を続けているように思う。

おそらく高校生、大学生の頃と比べると、大学院にいる人々は年齢も背景も職も多種多様なので、対人関係の最大公約数のようなもの、どの人も納得できる付き合いの距離感が保守的になるためじゃないかと思う。

面白いと思うのは、各々のステージでネットやSNSが果たしている役割。

例えば僕が大学生の頃はmixiが流行っていて、今読み返したら恥ずかしさで赤面してしまうような赤裸々な日記をよく書いて友達とシェアしていた。恥ずかしいと感じる理由は、おそらくそれが自分の核の部分、大事な引き出しの部分に立脚しているからで、当時よくつるんでいた友達とお互いにより正直な関係がそこにあったのではないかと思う。

mixiの衰退とともに取って代わったFacebookでは、mixiの時と比べてより広い知人とつながっていて、投稿する内容もなんだか当たり障りのない肯定的な内容で、まるでそれぞれのステージの対人関係を二つのSNSが象徴しているようだ。

このブログでは、Facebookでは決して書かないような個人色の強いこともつらつらと書いている。ブログを始めたそもそもの理由は当然違う所にあるが、もしかしたら現実世界でもFacebookでも表面的になった対人関係の裏道として、より自分を自分らしく表現できる場をブログに求めていたのかもしれない。じゃあなんで匿名でやっているんだという話になるが、不特定多数の人に実名で自分をさらけ出すほどの自己開示欲は無いのだと思う。匿名でやっている今だって、すべて洗いざらい正直に書いているわけではないし、自分の一番大事な部分はそう簡単にさらけ出せるものではない。

故人のFacebookページを希望により追悼ページとして残しておく試みをFacebookが行うらしいが、自分のFacebookページが生きた証として皆が閲覧できる場所に残るとするなら、Facebookの投稿への意識も若干変わるように思う。もしかしたらこのブログもいつかは実名に切り替えるタイミングがあるかもしれない。いつか自分が死ぬ時に振り返って、死後に何も残らず無意味な一生だったと感じることは、たぶん恐ろしい事なんじゃないかと予想する(そんなことどうでもいいかもしれないと予想する気持ちもある)。

最近久々に自分の中心部、大事な引き出しを覗く機会があって、そんなことを考えましたとさ。

「尊敬する人は誰?」

誰かと話していてよく扱われる話題に「尊敬する人は誰?」というものがある。

聞かれるたびに僕が尊敬する人は誰なんだろうと考えるけど、いまいちパッとする答えが思い浮かばない。これまで僕が関わってきた人はごまんといるのに、この人を心の底から、頭のてっぺんから爪先まで尊敬しているという人が見当たらない。

この質問に対してよくある答えのひとつとしては、これまで指導を受けてきた先生がある。自分が過去に指導を受けてきた先生を思い浮かべてみると、なるほど所々で好きな先生はいたし、そういう先生からは少なからず影響を受けてきただろう。しかし、例えば好きだった高校の時の英語の先生は、英語の実力を上げる機会を与えてくれたという点ですごく感謝しているけど、だからといってそれは「尊敬している」には必ずしも当てはまらない。いや、もちろんある意味で尊敬はしているが、「これまでの人生で最も尊敬する人は誰?」という答えには適当ではないと感じる。

家族?家族にも感謝することは山ほどあるが、だからといって一人の人としてその生き方に尊敬しているかというと別にそうでもない。

自分は研究者なので、尊敬の対象として研究者はどうだろう。尊敬する研究者はたくさんいる。その聡明な考え方、美しい論文、たくさんの患者を救った成果、様々な理由で多くの研究者を尊敬している。だから一人に絞るのは難しい。仮に僕の心の中で一番高いスコアを持つ研究者を一人挙げたとしよう。しかし、その研究者と僅差で低いスコアを持つが、同じくらい別角度から僕の考え方に影響を与えている研究者を同時に挙げないとその人に申し訳なくなる。同様の理由で挙げるべき研究者が連鎖的に広がってしまう。

小説家や芸術家も、研究者の場合と同じ理由でダメだ。一人に絞れない。

結局「これまでの人生で最も尊敬する人は誰?」という質問が壮大過ぎて、その壮大さを一人で担保する人を見つけるのは難しいという結論に至る。誰かを尊敬する理由は、その考え方や生き方に共感し、影響を受け、自分のアイデンティティの形成に多大な貢献したからであろう。僕の場合、様々な人から様々な形でその影響を取り入れてきて、それらが混沌と僕のアイデンティティに貢献しているような気がするので、上手く質問に答えられないのだろう。

もしくは、尊敬する人でも、同時にその人の悪い面も知ってしまっているせいもあるかもしれない。尊敬する研究者でも、実は普段は理不尽な要求を下にしたり、女癖が悪かったり等の噂を近い人から聞くと、学会では神みたいな人でも一人の人間なんだなと思う。完璧な人間なんていないし、欠点があるのは当然のこと。むしろ欠点がある事で愛らしく思えるものだ、と言うのは最近になって分かったこと。ある人を尊敬しているからと盲目的に悪い面や欠点に目をつむるのではなく、良い面も悪い面も含めてその人を知ることで、自分なりに租借したインパクトを自分のアイデンティティに影響させる方がバランスが取れて良いと思う。

ちなみにどうしても質問に答えないといけない時は「本田圭佑」と答えるようにしている。同い年だし。過去の投稿も参照


仮面浪人をした話 その2

仮面浪人で検索して訪れる人が結構いるので、もう少し当時のことを書いてみようと思う。
ちなみに最初の記事はこちら。
仮面浪人をした話




仮面浪人をする上で最も難しいことはモチベーションの維持ではないかと思う。この点で仮面浪人生は予備校生・宅浪生・現役生どのライバルと比べても難しい立場にある。予備校生や現役生は受験生としての環境が整っているので容易にモチベーションを保てるのは当然だし、宅浪生は自分を律することさえできれば周りに刺激物が無いのであまり自分を乱されることもないだろう。

仮面浪人は違う。特に単位を取りながら浪人することを選択した諸君。

キャンパスは刺激物に溢れている。

自分は喉から手が出るくらい入りたかったサークルに我慢して入らなかったが、サークルに所属してそれにのめり込んでしまったらもう後戻りは出来なかったのではないかと予想する。事実2回目の大学生活においてサークルで素敵な友人や楽しいサークル活動に出会えたし、それが1回目の大学でも存在したと仮定すると「別にこの大学のままでもいいかな」と思ってしまっていたかもしれない。一度居心地の良い環境を見つけてしまうと、それを捨てるのは容易ではない。

サークルに入らなくても、授業等で友人ができると、時にそれも障壁になるかもしれない。友人からの誘いを「(受験のために)勉強しないといけないから!」と断り続けるのも骨が折れるだろう。当然ながら自分以外のほとんどの人は受験勉強なんかしていない。普通の大学生はわざわざ仮面浪人生に気を使ったりしないし、全力で大学生活を楽しもうとするだろう。仮面浪人生は同じ大学にいながら友人とは全く別の世界にいるということを認識しなくてはならないと思う。

自分は幸いにも(?)友人と呼べるような友人ができなかったので、仮面浪人中に友人関係に悩まされることは無かったが、友人との付き合いも保ちつつ時間を作って単位のための勉強と受験勉強を両立できたかと考えると、難しかったのではないかと予想する。



仮面浪人をして、結果的に良かったと思えることも結構ある。

その中でも最たることは、大学という空間を一度経験することで、その空間をどうやって自分の将来に生かすことができるのかということを考えられたこと。高校生が大学の学部を選ぶ時、自分の興味と学部の名前を照らし合わせて何となく決める人が多いと思う。しかし、高校生のような大学の外にいる人が持つ大学のイメージと、実際に大学で行われていることが乖離することは多々あると思う。実際に大学に入って経験してみて、「想像してたのと違った・・・」と方向転換していく人を事実何人も見てきた。

実は僕も高校卒業直後は物理学科に進もうと思っていた。高校の時物理が大好きだったからだ。しかし、実際に大学で物理の授業を受けてみて、自分に合っていないんじゃないかと感じた。そこでもう一度、自分が将来何をやっていくのが良いのかということについて考え、諸々の経緯を経て生物学に至った。結果的に今楽しく生命科学の研究ができているし、当時の方針転換は全くもって正しい判断だったと思っている。仮面浪人中は、ある意味流れに逆らって孤独に日々を送っていたということもあって、自分を見つめなおし、将来についてじっくり考えることができたのかもしれない。

もちろんこれは単なる結果論で、本命大学に行く前に一度大学を経験してみようとして仮面浪人をするのは大きな間違いだ。しかし、ちょっと道を外れることの教訓にはなるかもしれない。日本人は決められたレールから外れることを恐れすぎる傾向があると思う。現役で大学に入って、大学生活を楽しんで、大学3年からは就活を始めて、大手企業から内定をもらう。それが悪いことだとは言わないが、でもその王道から外れることだって決して悪い事じゃない。王道を歩んできた学生しか採らない保守的で古臭い企業なんて時代の変化に対応できずにきっとそのうち潰れるはず(というのは僕の勝手な希望)。屈折した感情を抱えて一年間孤独に仮面浪人生活を送ることが、その後の人生をぐっと豊かにすることだってある。希望した大学に入っても学ぶ内容が何か違うような気がして途中から軌道修正することが、その後の方向性に多彩な選択肢を与えることだってある。一年間大学で授業・実習で必要な時を除いてほとんど誰とも話さなくても、その次の年には充実した大学生活を送っていることだってある。

一回や二回、いや例え何回でも、道を外れたってちゃんと戻ってくることはできるし、外れた先でもっといい道を見つけることもあるだろう。この記事に立ち寄った仮面浪人生も、成功しようが失敗しようが、その孤独な一年を将来の自分の糧にできるよう、陰ながら祈っている。

【関連投稿】
仮面浪人をした話 その3

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あぴと

Author: あぴと
生命科学の研究者。ポスドク。東京という街が好きです。
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