東京BLOG

生命科学の研究者のブログ

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東京の風景

東京の風景を撮影した良い動画を見つけた。

東京 (Tokyo) from malcolm tan on Vimeo.





撮影者はおそらく外国人。
こういうのは異文化の視点から撮った方がうまく特徴を捉えられるのかもしれない。
前半は東京の人々の表情に焦点を当てている。
後半は微速度撮影でまさにこれぞ東京と言った感じの風景を撮っている。
特にあわただしく人や車が行き交う様子や、
ひっきりなしに電車が発着する様子がよく撮れていると思う。

とても見慣れた風景で、安心する。

先日友人に「東京に思い入れがあるんだ」と言ったら、
「めずらしいね」と言われた。

たしかに、東京は街が大きすぎるせいか、もしくは人口が多すぎるせいなのか、
東京で生まれ育った人でも東京を故郷として愛するという習慣は一般的ではないような気がする。
地方出身の人は大抵地元愛があるのに。
同じ都会でも、横浜の人は「ハマっこ」としてプライドを高く持っている気がする。

実は自分も最近まであまり東京を故郷として意識することはなかったのだけれど、
大学に入って様々な国や地方から来る人の価値観に触れ、
自分が物心ついた時からずっと住んでいる東京という街について意識するようになった。

そうやって意識してみると、実は東京というのは素晴らしい場所なのではないかと思うようになった。
そんな素晴らしい東京の側面をこのブログでも紹介できたらいいと思う。


ところで僕は生まれてからこのかた東京の外で一ヶ月以上暮らしたことが無いのだけど、
今後他の場所に移ったときに上手くやっていけるのだろうかと心配になる。
博士号を取った後に海外留学する可能性も大いにあるのに。
今から「東京シック」になる姿が目に浮かぶ。

ちなみに東京以外の風景も入っているが、
以前見つけたこの動画もお気に入りだ。
これも外国人撮影。素晴らしいです。

Hayaku: A Time Lapse Journey Through Japan from Brad Kremer on Vimeo.



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[気になるニュース] 中立なメディアなど無い

橋本徹大阪市長の慰安婦発言問題について目に入った記事

【慰安婦発言】 橋下氏「朝日、毎日は最低。『当時』って言葉も全部外して。それやるんだったら囲み止めます」 朝日「いやちょっと…」

要約すると

市長「朝日や毎日などのメディアの報道の仕方が悪いから誤解を招いた」

朝日記者「市長なんだから正確な意図が伝わるように
      発する言葉の一字一句に気を使うべき」

市長「囲み取材でそんなことを行うのは不可能だから、
   あなたがそういうなら囲み止めます」



いい加減今回の件のような言葉尻を掴んで意図を曲解して、
問題を呼び起こすようなメディアの手法にはうんざりする。

メディアにそういう余地を与えた市長も軽率だったし、
それをセンセーショナルな見出しで報道した朝日・毎日には辟易するし、
その報道を新聞社の思いのままに受け取って市長を批判する一部の民衆や諸外国にもがっかりする。


中立なメディアなんていうのは存在しない。
・どういう事実を報道するか
・その事実の中で何を情報として伝えるか
・伝えるためにどのような言葉を使うか
これらのステップすべてにメディアの恣意的な選択の余地がある。
だから、同じ事実についての報道でも、右から見たのと左から見たので、
全く異なる記事が出来上がる。

各新聞社はそれぞれ政治的な意思を持って報道する偏った集団だ。

ただし、これは言論の自由が保障されてる社会で当然のことで、
右の思想集団があれば左の思想集団もあるのが健全な社会の証拠だと思う。

上記リンク中で、朝日新聞をゴミだと批判するコメントが多くあるが、
朝日新聞の報道がゴミだと思うなら朝日新聞に期待しなければ良いだけのこと。
民間の新聞社に「中立でなければならない」と要求するのは間違っている。
新聞社のそういう偏った姿勢が民衆の支持を得られなければ、
新聞社は読者を失って会社が潰れるだけだし、
一定の支持層がいるから朝日新聞はまだ存続している。
それに、反政府的な記事が市民に良い影響を及ぼした例も少なからずある。

それが民主主義社会というものだ。
新聞社というのは中立ではなく偏った集団なのだ。

情報の受け手には、新聞の記事は特定の思想を持つ集団によって作られた、
偏ったものだという認識でそれを読むことが要求される。

問題は、日本の民衆に情報に対して批判的に接する姿勢(critical thinking)
が育っていないことだ。日本だけの問題ではないだろうが。

麻生総理が「漢字が正確に読めない」というよく分からない理由でバッシングされた時も、
「2大政党が政権を奪い合うのが健全だ」とかいう
中身を無視した上辺だけの言葉に乗せられて民主党に政権を与えた時も、
民衆がメディアに扇動されてそのまま社会を変えてしまった。

新聞社が特定の政治思想を持った偏った集団だというのは、
社会に出て各方面の情報に気を配っている人なら自然と気づくことなのだが、
おそらくそれに気づかずに一生を終える国民も数多くいるだろう。

僕は、中学校や高校でLogical thinkingやCritical thinkingを教えるべきだと思う。
そうすることが、将来的により健全な社会を築く礎になると思う。

しかし、現状の義務教育では、客観的に情報を評価するどころか、
特定の歴史観の植え付けが公的な課程として行われ、
「朝日新聞から入試問題に数多く出題された」という理由で、
高校生に朝日新聞の購読を薦める謎のキャンペーンが行われている。

終戦後から続くこれらの教育の在り方について、
そろそろ議論してもいいんじゃないかと思う。

[英語] どうでもいい昔話、その2

今でこそ英語のネイティブスピーカーを前にしたら自然と英語が口をつくが、
もちろん最初から自然と英語が出てくるというわけではなかった。

高校でとある事情で英語に目覚め、
大学に入ってもコツコツと勉強を続けてはいた。
しかし、当時はほとんど独学で、いくら音読して発音に気を使っても、
それを実際に使う機会は英語の講義を除いて皆無だった。

そんな僕に実際に英語を使う機会が訪れたのは、大学4年になって研究室に配属されてからだ。
僕が配属された研究室は、セミナーを英語で行うところだった。
これは今まで勉強してきた成果を発揮するチャンスだ!と積極的に質問をしたのを覚えている。
セミナーの質問の場合、大抵1・2文で用は足りるので、
勇気さえあれば質問するのはそれほど難しいことではなかった。

しかし、セミナーのような限定された環境で使う英語というのは、
その環境特有の言い回しになってしまいがちで、
そこに必要とされるのは人と会話する能力とはまた別の能力だったように思う。
僕は自然な会話が英語でできるようになりたかった。

そんな僕に、英語で日常会話する機会が訪れた。



研究室に留学生が来た!しかも女の子の




カナダ人で、日本語教室に通ってはいたが、
日本語はその時はほとんど話せなかった。

これは英語を使う絶好のチャンスだ。
この機会に何とか話しかけなければならない。
頭ではそう思っていても、実際にこれまでまともに使ったことが無い英語で
(しかも同年代の女の子に)話しかけるのは当時の自分にとってはかなり勇気のいることだった。

セミナーで英語で質問するよりもはるかに難しかった

僕の同期も同様に話しかけられずにいる。
英語に堪能な先輩は事務的な用事で彼女に話しかけるが、
それ以外のことには淡白だった。
言葉も通じず、会話する友達もおらず、彼女はどこか寂しそうにも見えた。

ここは誰かが彼女に話しかけなくてはならない。
そう思い、ある日勇気を振り絞って彼女に話しかけた。
その時はちょうどお昼時で、皆で昼食に出る時に彼女を誘おうとした。

具体的に何と言ったかは正確に覚えてないが、
'Have you had lunch already?'
'Let's go together!'
みたいな感じだった気がする。

ああ、文字におこしてみるとなんて簡単な文なんだろう。
たかがこんな文を言うのにもモジモジするなんて、
今思うとどんだけシャイだったのかと思う。

そしてそれを聞いた留学生の反応は・・・






'............next time.' (・・・・・また今度ね)





別に昼食を断られただけなのだが、
何となく失恋したような気分を味わいながら昼食を取った記憶がある。

しかし、これを機に彼女に話しかけられるようになった。
コツコツと勉強してきた英語を使う機会がようやく訪れた。
使ってみると、最初はやはりかなりぎこちなかったと思う。

なんだか、口から出る声が自分の声じゃないような気がした。
文章が板についてないような感じ。
たぶん聞いてる方もぎこちなく聞こえていたと思う。

それでも、少しずつ会話を繰り返しているうちに、
英語の会話のリズムが身に付いてきて、
発するフレーズも板についてきた。

それから、話しかける時に、
「こういう時はどういうフレーズを使うんだろう」とか
会話で上手く言葉が出てこなかった時に、
「あの時はどういう風に言えばよかったんだろう」
とマメに考えたことが、その後の会話能力に貢献したと思う。

やはり座学だけで語学を習得するのは
(少なくとも僕の場合は)限界があって、
実際に七転八倒しながら使ってみて、
初めてそれが使える能力になるのだと思う。


こうして書いてみると、前回のどうでもいい話と合わせて、
まるで僕が女の子のために英語を勉強してるみたいだ。
そんなことは決してない。
研究で使うためである。


読書について

本を読むのが好きだ。

昔サッカーをやっていたこともあり、体を動かすのも別に嫌いではないが、
予定が無い休日は本を読んで過ごすことが多い。

昔から読書が好きというわけではなかった。
小学生の頃は興味のある科学本をよく読んでいたが、
物語を読むことは、夏休みの読書感想文のために読むのを除いてはほとんどなかったと思う。

そのせいかはわからないが、高校の現代文の成績はかなり悪かった。

国語の勉強というのは、当時かなり苦痛だった。
古文漢文は文の読解だからまだいい。
しかし、現代文に関しては、
成績が悪くても何をどうしたらそれが改善するかというのがわからない。
何をわかってないのかが分からない。
答案を添削されてもじゃあその次どうすればいいのかわからない。
たぶんそんな状況だったと思う。

センター試験の国語がかなり足を引っ張ったのは、今となっては良い思い出。


大学に入ると、典型的な大学生の例に漏れず、
時間ができた。
時間ができると、その時間を何かしら生産的なものに使いたくなる。
そういうわけで、ここでもご多分に漏れず、
生協の目のつくところに陳列してある本に手を伸ばした。

読み始めてみると、別に現代文が苦手だったとか関係なく面白いものは面白いし、
いい具合に時間も潰れてくれるので、
それから時間があれば本を読むようになった。

一番読んでいた時期はたぶん一週間に10冊くらいのペースで読んでいたと思う。
すごく暇だったんだろう。


何を読んでいたかというと、9割は小説だった。
理系で専門が生命科学だからと言って、それに関する本ばかりを読むわけではない。
むしろ専門の勉強は教科書や論文でするので、
オフの時間に物語を読むのは良い気晴らしになった。


色々な小説を読んできた。

そしてその中の一部は忘れがたい体験として今の自分の意識に根付いていると思う。

当時読む本を選ぶ基準として、自分もとあるブログを参考にしていた。
今度は自分が、このブログを読む人の本を手に取るきっかけになれたらと思うので、
読んだ本の情報をシェアしていけたらと思う。

ただし今は本を読むまとまった時間が取りづらくなっているし、
あまり心に響かなかった本をわざわざ紹介する意味もないと思うから、
当たりの本だけ紹介するとなるとそのペースはかなり遅くなると思われる。

気が向いたら昔読んでよかった本も紹介するかもしれない。

「笹まくら」 丸谷才一 ★★★★★

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社会に背き、別の男の名を名乗り、常に周りの目に怯えながら生きる。浜田庄吉は戦時中に徴兵忌避者として全国を放浪して生活したという過去がある。家族やら名誉やらを全部捨て、発覚すれば非国民として罰を受ける徴兵忌避をこの男は運よくやってのける。しかし、戦争が終わっても徴兵忌避は終わらなかった。仕事をしていても、家にいてもふとした瞬間に徴兵忌避のことが意識をよぎる。たとえ自分にとっての正義であったとしても、社会に背いたという事実が宿命として彼の前に立ちはだかる。

物語は3人称で書かれているが、現在の話から突然浜田庄吉の回想として徴兵忌避の時の話が混じる手法が印象的だった。また、これは徴兵忌避者の戦後の宿命を書く物語であると同時に、社会においてそれに接する人々を書いた物語でもある。戦時中において徴兵忌避者を非国民として扱う社会と、平和憲法と自由主義が成立した現代においてそれに接する社会とが対比して書かれている。隅々まで緻密に練り上げられた大作だと思う。


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あぴと

Author: あぴと
生命科学の研究者。ポスドク。東京という街が好きです。
興味のあること:
生命科学、基礎医学、進化生物学、英語、読書、美術、音楽

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