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生命科学の研究者のブログ

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「風立ちぬ」を見た感想その2・ネタバレあり

前回の投稿の続き、風立ちぬの感想等を書こうかと思う。例のごとくネタバレがありますので、まだ見てない人は気を付けてください。































前回の投稿では主に僕から見た映画の解釈を書いたが、僕が映画に対してどう思ったかはあまり書かなかった。

見終わった直後は、「お、これで終わるのか」と何となく物足りない感じだったけれど、終わって内容を思い返してみると色々と疑問点が湧いてくる。

最大の疑問点は「風立ちぬ、いざ生きめやも」という一節がどういう意味で使われているのかということだ。元はフランス語の詩で、このブログ記事によると、風が立ったのを機に生きようと試みなければならないという意味らしい。「生きねば」という言葉がサブタイトルのように使われてもいる。言葉の通り受け取ると、「長生きしなくてはならない」なんて意味にも成りかねないが、監督が伝えたかったのはそうではないだろう。

「風が立つ」という言葉も劇中で繰り返し使われるキーワードだ。二郎が菜穂子と出会った時も風によって二郎の帽子が飛ばされたのがきっかけだし、本庄が作った新型の飛行機に対して次郎が「風が立っている」と言うシーンもある。

夢の中での二郎とカプローニとのやり取りは、物語を読み解くための大事なシーンであると考えられるが、序盤の夢の中でカプローニは「創造的人生の持ち時間は10年だ」と言い、終盤では「君の10年はどうだったかね?」と問う。そして物語中盤の夢の中では、二郎に対して「まだ風は立っているかね?」と問いかける。これらのことを考えると、「風が立つ」=「創造的人生の期間にまさにいる」という風に解釈することができるのではないだろうか。

そうすると「風が立つ、いざ生きめやも」という一節は、「創造的人生の期間に、自分の夢のために死力を尽くして生きる」という意味で使われているのではないかと予想することができる。

物語を見ていて思ったのは、二郎や菜穂子に「執着心」のようなものが全く感じられないということだ。例えば菜穂子は、一度は病気を治そうと山奥の療養所に入ることを決意するが、療養所から抜け出してきた時には完全に完治することをあきらめて二郎に会いに来る。寝ている彼女の傍らで二郎が煙草を吸うシーンはまさに象徴的で、外でたばこを吸おうとする二郎に対して、彼女はそばにいてほしいから「ここで吸って」と言う。菜穂子にとってはもう長くない自分の命よりも二郎が快適に仕事をしてくれる方が大事だったのだ。

同様に二郎も自分の夢に対して、どこか諦観のような物を持っていると感じられる節がある。例えば冒頭の夢の中で、少年の二郎が飛行機を操縦しているシーン。その上空に現れた巨大な飛行機から来る爆弾のような不気味な物体に衝突して二郎の乗っている飛行機が空中分解する。当然操縦士の二郎は地面に向けて落下する。現実世界ならあわてて飛び起きて「なんだ夢か」と安堵する所である。ところが目を覚ました二郎は、うなされていた様子も全く見せず、どこか悟ったような澄ました顔をしている。その様子からは、自分の夢がそのような無残な終わりを迎えることを宿命として受け入れているような感じを受ける。

普通の人なら「生」や「栄光」に関して執着を示すのが当然だ。それらが終わるとなったら、そこには必ずドロドロした執着心が生じるはずなのだが、この映画の中にはそれが全くない。二郎も菜穂子も清々しいほど潔い。これもおそらく、過去の栄光にはすがらずに潔く身を引くという宮崎駿の美学なのだと思う。

しかし、そうやって考えると解釈に困るのがラストシーンだ。最後の夢の中で、菜穂子が二郎に対して「あなた、生きて」と言う。それを聞いた二郎は感極まった様子で「うん、うん」と上ずった声で言う。これはどういうことだろう?その直前にカプローニは「君の10年はどうだったかね?」と言っているので、この時の二郎はすでに創造的人生の期間が終わった、すなわち「風が止んだ」状態ではないのだろうか。すでに死んでいるはずの菜穂子が風が止んだ二郎に対してそんなことを言ったら、それこそ「あなた、長生きして」という意味になってしまう。

上記のような「風立ちぬ、いざ生きめやも」の解釈の仕方が間違っているのか、それとも最後の菜穂子の「生きて」には別の意味が隠されているのか。僕はとりあえず最後の「生きて」は映画全体を踏まえた視聴者に対する宮崎駿からのメッセージではないかと思うようにしている。




見終わった直後は少し困惑したが、このように色々考えると実に味わい深い映画だと思う。リピーターが多いというのもうなずける。

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「風立ちぬ」を見た感想・ネタバレあり

ジブリの最新作「風立ちぬ」を今更ながら見てきた。その感想を書きたいと思う。もろにネタバレがあります。ネタバレされたくない人は見ないように。
































見終わって最初に思った感想は、これはまさに青春を描いた映画だということ。映画は飛行機の設計士になることを夢見る少年時代の堀越二郎のシーンから始まる。二郎は大学に入っても熱心に勉強し、期待される優秀な新人として飛行機製造会社に入社し、ついに自分が夢描いていた飛行機を完成させる。その過程で震災の時に出会った女性・里見菜穂子と運命的な再会を果たす。菜穂子は結核を患っていたが、二郎は構わず菜穂子を愛し、束の間の幸せな時間を送る。

仕事と恋愛、それぞれに全力を尽くして生きる。これはまさに青春ではないか。

しかし、既に映画を見た人は上のようなまとめ方に違和感を覚えるだろう。それは当然の反応なのだけど、もうちょっと僕の見方を説明させてほしい。

青春というのは人生で一度きりで、しかもその時間は限られている。生きている間ずっと青春のように過ごすというのは不可能で、青春には必ず終わりがある。しかしながら、青春というのは終わりがあるからこそ、その特殊性と美しさが強調される。もし青春がずっと続くものなら、人生における普遍的な物としてその価値は地に落ちるだろう。

美しさ。これは劇中で繰り返し用いられるこの映画のキーワードだ。

劇中で「美しい」物として描かれるのは主に2つ。「飛行機」と「菜穂子」だ。

二郎は劇中で繰り返し「僕は美しい飛行機が作りたいんだ」ということを言っている。戦争や戦闘機には興味が無かった。美しい飛行機を作るということはまさに二郎の夢であり、そのために夢中になって仕事をしている。そして最後にはプロジェクトリーダーとして飛行機を完成させた。

これらの出来事は、二郎の人生における絶頂期として描かれている。二郎は序盤の夢の中で、尊敬するイタリアの設計士カプローニから「創造的人生の持ち時間は10年だ」と教えられる。そして終盤の夢の中ではカプローニから「君の10年はどうだったかい?」と聞かれる。二郎は映画の中で、自分が輝ける時間に期限があるのを知っていて、その期間にひたすら仕事に取り込むのだ。

二郎の夢のシーンは何回も出てくるが、印象的だったのは多くの夢で飛行機が落ちたり空中分解して目が覚めることだ。二郎がズタズタになった戦闘機の前で立ちすくむシーンもある。これらのシーンは、二郎の青春における「いずれ来る終わり」を暗示しているように思える。飛行機は常に墜落や爆撃の危険性を持ちながら飛ぶ。二郎は常に終わりを予感しながら、自分の夢を叶えるために仕事をしている。



同様のことは菜穂子との関係にもあてはめられる。菜穂子が喀血した時点で、菜穂子の結核が相当進行してしまっていることを二郎は知っていたはずで、それは菜穂子の父との会話からも見て取れる。だから菜穂子が療養所から抜け出して来て一緒に生活を始める時も、2人は最初から終わりを予感していたと考えられる。黒川から菜穂子を療養所へ返さないのは君のエゴイズムではないのかと問われ、「僕たちには時間が無いのです。覚悟しています。」と言い、菜穂子のことを思って涙を流す加代に対して「僕たちは一日一日を大切に生きているんだよ。」と言う。覚悟というのは菜穂子の死のことだろう。菜穂子は自分の先が長くないこと悟り、僅かな間だけでも美しい姿を二郎に見せに来たのだ。二郎もそれを予感し、すぐに結婚式を挙げて彼なりに菜穂子を愛そうとする。

二郎が設計図に向かって夢中になっているシーンは映画を象徴するように何回も登場する。また、一見して恋愛に関しては奥手に見える二郎が、「綺麗だよ」と何度も語り掛け、情熱的かつ真っ直ぐに菜穂子を愛するシーンも印象的だ。二郎はこれらのことに限りがあることを知り、彼のすべてを捧げる。劇中で二郎とカストルプと菜穂子の父で歌うドイツ語の歌「ただ一度だけ」の歌詞がこれらのことを象徴しているように思う。

僕が受けた映画のエッセンスをまとめると、青春の一回性の美しさとでも言えるだろうか。「終わり」に着目するなら青春の一回性の残酷さとも言えるかもしれない。宮崎駿はこれで引退すると言っているけれども、彼が長年夢中で取り組んできた青春を最後に映画にしたのかもしれないと思っている。

「風立ちぬ」を見た感想その2に続く

国立科学博物館のすすめ ~地球館編~

もしあなたが理系の人間であるなら、国立科学博物館を訪れない理由は無い。そこは理系の心を揺さぶる良質な展示物に溢れている。理系に進んだ人の誰もが幼い時に持ったであろう、「なぜ世界はこんなにも不思議なんだろう?」という根源的な問いを思い出させてくれる。人類はその根源的な問いを追求し、科学を発展させてきた。そしてこれから発展させるのが我々・あなたたちだ。国立科学博物館に行けば、いつだって新たな疑問の発見がある。

もしあなたが文系の人間であるなら、国立科学博物館を訪れない理由は無い。あなたを含めた人間は、地球上のあらゆる動物達と同じ生物でありながら、同時に他の生物とは違う特徴を持っている。なぜ人類は他の生物と違い、高度な科学と社会を持つことができたのだろうかという問いは、人間の社会を考える上でも当然生じてくる疑問だろう。国立科学博物館には地球における生物の歴史が展示され、そこからどのようにして人類が生まれてきたかのヒントがある。人としてそれらについて考え、知っておくことは決して損ではないだろう。

要するに、
みんな国立科学博物館に行くべき


国立科学博物館は、上野公園の中にあり、以前紹介した国立西洋美術館や上野に存在するその他の美術館・博物館群のひとつである。



期間限定の特別展も開かれているが、国立科学博物館の特徴は何と言っても常設展の充実である。特別展も毎回質の高いものが開かれているが、科学の展示物としての質・量ともに常設展はいつだって特別展を凌駕すると思う。専門的に生物学を研究している博士学生が何度訪れても飽きないくらい質の高い展示物がたくさんある。ソースは俺。もちろん、専門的に研究をしていない人でも楽しめるような解説もある。まさに大人から子供まで楽しめると思う。

国立科学博物館の常設展には「地球館」と「日本館」がある。展示を一つ一つ噛み砕きながらゆっくり回ると、それぞれを回るのに半日ずつかかる。それくらい量がある。この投稿ではひとまず「地球館」を紹介してみたい。


地球館の案内


地下三階から地上3階まで6フロアある。

すべてを紹介していると長くなるので、ここでは僕のおすすめであるB2階「地球環境の変動と生物の進化」と3階「大地を駆ける生命」を紹介する。


B2階の「地球環境の変動と生物の進化」では、地球の誕生から生物の誕生、そして生物が辿ってきた進化の歴史が体系的に貴重な化石や模型と共に展示してある。

地球ができたのはおよそ46億年前。およそ40億年前に海ができたとされ、そのころ最初の生物が生まれたとされる。最初の生物がどんなものだったかは確定的な情報は無いが、おそらく海底のマグマ噴出口のようなところで生活する好熱性のバクテリアだったと考えられている。この時何かのきっかけで誕生した原始的な生物が、40億年という長い長い年月をかけて、現在見られる多種多様な生物に進化してきた。このことは考えれば考えるほど不思議なことで、地球上に見られるありとあらゆる生物~すべての動物、魚、虫、草花、樹木、微生物~がこの時生じたたった一種類の原始的な生物から進化してきたのだ。

しかし、40億年前に生じた生命は、その後現在に至るまでのほとんどの期間を海の中で原始的な微生物のまま過ごす。細胞の中に核などの小器官を持つ真核生物が誕生したと考えられるのがおよそ20億年前で、最初の生物から20億年かかっている。それから多細胞生物が出現したのが約10億年前と考えられているから、真核生物から多細胞生物までさらに10億年かかっている。その後徐々に大型化する種が現れ、6億年くらい前になると脊椎動物の化石が見られるようになる。

B2階の展示では、各年代の化石や資料が年代順に展示されている。

30億年頃前に増加した、光合成によってエネルギーを得るシアノバクテリアが形成するストロマトライト
 


4億年前に存在した板皮魚類の頭部の復元模型

写真だと大きさがわかり辛いかも知れないが、この頭部、幅60cm奥行150cmくらいはあるんじゃないだろうか。これが4億年前の海を泳いでいた。

4億年前に植物が陸上に進出し、追って両生類が陸上に進出する。海・陸両方でさらに多様性を増していた生物だが、2.5億年前に生物史上最大の大量絶滅が起こる。その原因は今も盛んに研究されていて明確な答えは出ていない。この時に地球上の90%近くの生物種が絶滅したとされている。

しかし、大量絶滅というのは、生物にとって進化のきっかけとなるイベントだ。進化生物学的には、過酷な環境により大量絶滅が起こる状態は「淘汰圧」が生物に強くかかっている状態でもある。生物はその進化の過程でいくつもの大量絶滅を繰り返して現在の形質を獲得してきた。2.5億年前の大量絶滅の後にもより多様性を増した生物が再び地球上に現れる。その中には巨大な爬虫類・恐竜や哺乳類も含まれる。

これはB1階の展示だが、恐竜の骨格の復元模型がある。



その恐竜も6500年前の隕石の衝突に伴う気候変動で絶滅してしまう。

恐竜が絶滅すると、今度は哺乳類の大型化が始まる。B2階ではそんな過去の大型生物の骨格模型がある。哺乳類ではないが、個人的なお気に入りはこのカメ。


絶滅してしまった生物は、このような化石や標本でしかその姿を見ることができない。それが実際に生きていた姿は、せいぜい我々の想像の中で再現することしかできない。このカメが古代の海を泳いでいる姿はどんなものだったのだろうか。そんな想像を巡らす、ただそれだけのことなのだけど、何故だかそんな想像は心をわくわくさせる。

生物の進化を辿れるB2階の展示の中でも、結構なスペースが割かれているのが、「ヒトの進化」だ。


所謂ヒトであるホモ・サピエンスが進化の文脈でどのように生まれてきたのか、分かりやすく時系列に沿って展示されている。例えば上の写真、他の哺乳類では頭部の中で突出している顎の骨が、霊長類において突出が無くなり、さらに脳室の容量が大きくなっているのが簡単に見て取れる。

現存する生物の中で、最もヒトに近い生物はチンパンジーだと言われている。ヒトの祖先はチンパンジーの祖先から約500万年前に別れ、それから二足歩行と脳の容量増加を特徴としたヒトの進化が始まる。最初の‘ホモ属’であるホモ・ハビリスが生まれたのは約200万年前だとされる。


興味深いことにヒトの進化は常にアフリカで起こったとされる。北京原人やジャワ原人として知られるホモ・エレクトスはユーラシア大陸に進出していたことが知られているが、ではホモ・エレクトスが今ユーラシア大陸に住んでいるヒトの祖先かというとそうではない。ホモ・エレクトスは数万年前に滅び、その前にアフリカで進化していたホモ・サピエンスが新たにユーラシア大陸に進出し、その後全世界に生息域を広げていく。

ホモ属として現代まで生き残ったのはホモ・サピエンスだけで、チンパンジーより高度な脳を持っているはずのホモ・エレクトスやホモ・ネアンデルタールは滅びた。チンパンジーは現代まで生き残っているにも関わらずだ。それらの旧人類とヒトとの間にどんな違いがあったのかというのは非常に興味深い。もはやそれを知るすべは無いのかもしれないが。

写真は数万年前までヨーロッパで生きていて、ホモ・サピエンスと同等以上の脳容量を持ったホモ・ネアンデルタール


ホモ・サピエンスが進化し、世界中に進出しだしたのは7万年前で、約1万年前からエジプト文明などの現代にも残る文明の発展が始まる。ホモ・サピエンスが誕生した当時の我々の祖先は、サルに毛が生えたような生活をしていたんじゃないかと思う。それが現代までに科学技術と文化を発展させ、今の人類に至る。当然のことなのかもしれないが、改めて進化の流れを踏まえて考えると、とてつもないことだと思う。



地球館の展示において、もう一つ強烈なのが、3階にある「大地を駆ける生命」だ。ここでは一つのホールに世界中から集められた様々な生物の固定標本が展示してある。もちろん生きているわけではないが、世界に広がる生物の多様性を感じられる空間だ。本当に圧巻なので、ぜひ一度訪れてみてほしい。




ここで紹介できた展示は、国立科学博物館・地球館の展示の中でもごく一部だ。実際に行ってみると、より多種多様な題材に関する質の高い資料がたくさん展示されている。科学や生き物が好きな人なら誰でも楽しめると思う。将来自分に子供ができたら頻繁に連れて行くだろう。

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リニューアルした国立科学博物館の地球館


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あぴと

Author: あぴと
生命科学の研究者。ポスドク。東京という街が好きです。
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