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仮面浪人をした話 その3

わざわざ仮面浪人をしてまで志望校に合格したかった一つの理由は、当時の僕にとって唯一の取り柄は勉強ができることであるように思っていたから。

小学生の時に夢だったサッカー選手は、気づいた時には諦めていた。「諦めずに努力すれば夢は叶うんだ」と大人たちが繰り返し言うことを昔の僕は心のどこかで真に受けていて、「僕も諦めなければ夢を叶えられるんだ」と思っていた。だから客観的に考えれば至って平凡な能力だった小学生の僕も、いつかは花が開く時が来ると漠然と思っていた。

だから高校一年の終わりにサッカー部を辞めた時、とっくに分かっていたはずの現実が「途中で辞める」というどこか後ろめたい行為をより一層重たくし、しばらく僕の気分は沈んでいた。腹を立ててもいた。夢は叶うなんて大嘘じゃないか。なんであんなにたくさんの大人が「夢は叶う」なんて無責任なことを軽く口にできるんだ、と。

練習に参加する必要が無くなり、突然持て余すようになった時間を、忙しさにかまけて放っておいたことを片付けつつ、さて自分の将来をどうするかと漠然と考えて過ごしていた。

サッカー部を辞めるというのは、ある意味僕にとってすごく屈辱的な出来事だったんだと思う。小学生の時に夢は何かと聞かれ、迷わずサッカー選手と答えていたのに、高校生の僕は公然とそれを放り出してしまったから。自分が言ったことを実現することができない才能も根性も無い無能な人間であることを認めているように思えたから。

じゃあ一体自分は何ならできるんだと問うた時に、浮かんだのが勉強だった。同級生の誰もが行けるわけではないレベルの大学に合格することで、少なくとも自分が何かを達成できるんだということが示せるような気がした。

高3になって志望校に合格したい一心で身を削るように勉強した。その後であっけなく志望校に落ちた。滑り止まった大学に通い始めても、僕はサッカー部を辞めた時に味わったのと似たような屈辱を感じていた。またか。あれだけ勉強したのにまた結局達成できなかったのか。

一つだけ違ったのは、完全に終わったわけではなく、まだチャンスがあるように思えたこと。まだ自分が少なくとも何かを達成できるんだということを証明するチャンスが。講義やテストこなしつつこそこそと受験勉強を続け、夏になって理由は分からないけれど現役の時は常にE判定だった模試でA判定が出た時、このチャンスを逃してはならないとまた身を削るような生活を始めた。

結果として仮面浪人一年で雪辱を果たせたことは、自分が何かに取り組む時の自信や動機に結びついているように思う。

勉強がそれなりにできるという才能があったという点で僕は幸運だった思う。サッカー選手やその他の何かになる才能は無かったけれども。多分誰にでもできることじゃない。努力はしたけれども、じゃあ努力すれば誰でもできるかというとできないと思う。サッカーではダメだったけれども、代わりに自分の武器となるような分野を見つけられたことが、その時期の自分にとって何より重要なことだったと思う。

受験シーズンが終わった直後だからか、仮面浪人で検索して訪れる人が結構いるのだけれども、申し訳ないことはあまり一般化して言えるような教訓が無いこと。自分がこういう動機でこういう生活をして、と言うのは僕の時は上手くいったけれども、それを他の人がやって上手くいく保証は全く無い。成功者は「こうしたら上手くいく」と声高に言うかもしれない。でもそれを聞く時に気を付けなくてはいけないことは、その成功者に失敗した経験が無い場合、どうやって失敗を避けるのか説得力のあるアドバイスができないことと、失敗者は多くの場合声を上げないこと。声を上げる成功者に埋もれてたくさんの声なき失敗者がいる。その失敗者はもしかしたら成功者と同じことをしてダメだったのかもしれない。何をどうするのがベストなのか、それは必ずしも成功者の声だけでは導けないように思う。

【関連投稿】
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仮面浪人をした話 その2
部活を途中で辞める奴は根性無しなのか?

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あぴと

Author: あぴと
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