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生命科学の研究者のブログ

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「教授になるの?」

将来のことを聞かれて「研究者を目指している」と言うと、よくある反応として「教授になりたいの?」と返ってくる。

そう聞かれるといつも返答に困る。研究とは関わりの無い人が「教授になりたいの?」と聞くとき、「教授」として想定しているのは「大学のなんか偉い先生」のようなイメージなのではないだろうか。この場合の教授は研究者ではなく、小中高の先生の大学バージョンとして捉えられているように思う。

研究者を目指す身として、教授という身分は目指すべき一つの目標だが、別に教授になりたいから研究をしているわけでは無い。それに僕としては別に教授を始めとする大学の常勤職でなくても、職業として自分の好きな研究ができるなら別に身分は何だって良い。民間の研究職でもいい。

それでは、どのように表現するのが適当だろう?

「別に教授を目指しているわけではないけど、研究の成果が認められて教授として迎えられるくらいの研究がしたい」と説明するのは長ったらしいが自分の気持ちを正確に表現するとこんな感じになるだろうか。

もどかしく感じるのは研究と関わりを持たない一般の人々にとって「科学者」とか「科学コミュニティ」という概念は分かりづらいし、ちゃんと理解されていないと感じることだ。

だから「教授になるの?」以外にも「ノーベル賞目指すんだね」とか「新しい薬を作って」とか「大発明して」とか極端な反応が返ってくる。それらは研究者として当然目指すべき目標ではあるが、そんな名誉な業績を残せるのは研究者の中のほんの一握りの人で、ほぼほとんどの研究者はそれらには無縁だ。それでも研究して論文を書いてれば立派な研究者だし、地味な研究だって立派な科学の一部だ。

この辺りの科学に対する理解は、アメリカやヨーロッパではどうなんだろうか?たぶん日本よりは科学に対する理解が一般人にもあると予想するが、実際のところは聞いてみないと分からない。


自分はまだ大学院生のひよっこだが、30年40年後にいったいどんな成果を残せているだろうかと思う。もちろんやるからには良い仕事はしたいと思っているが、たとえ栄誉ある賞がもらえなくても、後世に役に立つような仕事ができていたなら万々歳なのではないだろうか。その前にちゃんと研究職につけるかの心配をした方がいいか。

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Author: あぴと
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