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[小説] 「タタール人の砂漠」 ブッツァーティ 脇功訳

タタール人の砂漠 (岩波文庫)タタール人の砂漠 (岩波文庫)
(2013/04/17)
ブッツァーティ

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一年の初めにその年の目標を立てる。今年はこんな年になったらいいなと思いを巡らし、自分を待ち受けているであろう輝かしい未来に胸を膨らませる。でも気づいたら結局ほとんど何も変わらずにまた次の一年がやってくる。一年に限ったことではない。子供の頃思い描いた輝かしい未来。自分には必ずや栄光や名誉をもたらす特別な出来事が起きるに違いない。今年でなくても、また来年に。そのまた次の年に。そうして特別な瞬間を待ち受ける間にも時間は確実に過ぎ去り、人は年を取っていく。気づいて振り返った時には、もうその大切な時間は戻って来ない。

「タタール人の砂漠」はイタリア人の小説家ディーノ・ブッツァーティが1940年に書き上げた小説だ。青年のドローゴ中尉は国の北の国境を守るための砦に配属される。その砦は広大な砂漠に面しており、一見して何の脅威も降りかかりそうにないが、砂漠に住むタタール人がいつの日か襲撃に来るという言い伝えが兵士の間に広まっていた。街から遠く離れ、盛り場も無く、家族とも親しい女性とも離れ、ただ砂漠だけが存在するその砦でドローゴは襲撃に備える任務に就くことになる。いつ現れるのか、そもそも存在するのかさえ明らかではない敵を待ち構えるドローゴの「人生」が描かれる。

ずっと同じ環境に生きていると、様々な感覚が麻痺してくる。外の世界から見たら異常なことがその中では当然のこととなる。ドローゴも砦の中の多くの人と同じようにそんな感覚麻痺に陥った人の一人だと思う。当人は大きな使命感によって満たされていても、その賭けの勝算がどれくらいなのかについては主観的な考察では一切答えは出ず、残酷に刻まれ続けている時の流れにも気づけずにいる。多くの人はこの小説を反面教師として読むのかもしれない。僕はこの小説に反面教師的な一面を見つつも、実はそうではないのではという一面も見えた。詳しくはネタバレになるので書かないが・・・。作中ではドローゴの心情を事細かに追うことができる。あなたもドローゴの人生を疑似体験してみては?

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生命科学の研究者。ポスドク。東京という街が好きです。
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