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生命科学の研究者のブログ

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「STAP細胞作製に成功した」とは何を意味するか

研究者Aがいたとする。

研究者Aは手に培養細胞が入ったシャーレを持っている。

研究者Aは言う。
「この細胞は、体のどんな種類の細胞にも分化できる魔法のような細胞です。」

本当だろうか。そんな魔法のような細胞があれば、どんな病気も治せるかもしれない。研究者Aの言うことがもし本当だったらすごいことだ。あなたは研究者Aの言うことが本当かどうか何とかして確かめたいと思うだろう。

しかし、研究者Aが手に持っているのは培養液が入ったひとつのシャーレに過ぎず、細胞の存在は顕微鏡を覗きでもしない限り確認することができない。そもそも顕微鏡を覗いた所で、その細胞がどんな種類にも分化できるということをどうやって確かめればいいのだろうか。細胞が話すわけでもないし、"万能細胞"と標識が掲げられているわけでもない。



研究者Aが正しいかどうか確かめるためには実験が必要だ。科学者・研究者は「この細胞は体のどんな種類の細胞にも分化できる」ということを示すために、何通りもの異なる方法を使って実験を行う。さらにその何通りもの実験方法それぞれに再現性があることを確認する。そうやってたくさんの実験を重ね、これだけのデータがあれば「この細胞は体のどんな種類の細胞にも分化できる」と主張しても構わないなと判断した時に、データを論文として投稿する。

論文は査読者の審査を受け、時に改訂が行われる。科学雑誌が論文を掲載に値すると判断したら、その論文は雑誌に掲載され、世界の研究者の目に触れることになる。

この時、論文を発表した研究者は、研究者でない一般の人々に自らの研究を分かりやすく説明するために、「体のどんな種類の細胞にも分化することができる魔法のような細胞を見つけた」とプレスリリースする。一般の人はそのプレスリリースを見て「魔法のような細胞が見つかったのか!それはすごい!」と反応する。

しかし、このような新しい発見に対する研究者の受け取り方は、一般人のそれとは異なる。研究者が論文を読む時は、何よりもその論文の図(実験結果)を重視する。なぜなら論文とは実験結果を発表するものであり、タイトルや要旨、背景などの本文はあくまで実験結果やそれらから導かれる尤もらしい結論を説明するために付随するものだ。

一般向けのプレスリリースは論文の結論を強調する。しかし実際の論文の意義としては実験結果の報告が主で、結論は著者が実験結果に付随させたただの解釈なのだ。

ここに研究成果に対する研究者と一般人の受け取り方の齟齬が生じていると僕は考える。

研究者が一般人に魔法のような細胞を見つけました!」という時、それをより正確に表現すると魔法のような細胞の存在を示唆する一連の実験結果が得られました!」ということを意味する。しかし、後者の回りくどい言い方は研究に馴染みの無い人に取っては分かりづらいので、普通は前者の言い方で済ませる。

一つの例を見てみよう。
山中伸弥先生と高橋和利先生が2006年に発表したマウスのiPS細胞作製の論文だ。iPS細胞はそれまでの生物学の常識を覆すまさに魔法のような細胞だった。

Induction of pluripotent stem cells from mouse embryonic and adult fibroblast cultures by defined factors. Cell. 2006 Aug 25;126(4):663-76. Epub 2006 Aug 10.

この論文には7つのFigure (図)がある。それぞれのFigureでどんな実験をしているのか簡単に説明すると、

Figure 1. 細胞に多能性遺伝子群を導入するとES細胞様に変化することを示した実験
Figure 2. 多能性遺伝子群の中でも4つの遺伝子がFigure 1の現象に必要十分であることを示した実験(山中因子
Figure 3. 山中因子で作製した細胞の遺伝子発現を調べた実験
Figure 4. 山中因子で作製した細胞の遺伝子発現を包括的に調べた実験
Figure 5. 山中因子で作製した細胞の奇形種(テラトーマ)形成能や試験管の中での分化能を調べた実験
Figure 6. 山中因子で作製した細胞をマウスの胚盤胞に注入し、個体発生に寄与できるか調べた実験
Figure 7. 山中因子で作製した細胞の生化学的、遺伝学的実験

これだけの、7つの別々の実験結果を報告した上で、「この細胞はどんな種類の細胞にも分化できる」ということを結論付けている。ニュースを見た人はiPS細胞ができたということにしか注視しないかもしれないが、iPS細胞ができたというのは実は数々の実験結果を総合した解釈だ。iPS細胞は発表後すぐに別の研究者によって再現され、今では世界中の研究室で使われる必須なツールとなっているので、発表当時の解釈は正しかったということになるが、論文によっては実験結果から導かれる解釈が間違っていたり、実験結果に穴があったりして、後にその論文の内容が覆されるということが多々ある。


昨今世間を騒がせているSTAP細胞についても、「STAP細胞は存在するのか、しないのか」という点に注目する方が大勢いるが、実際の問題はそう単純ではない。STAP細胞も多くの実験結果の積み重ねの上に得られた解釈だった。どんな実験があったかというと、

■Oct4-GFPマウスの細胞を酸処理すると緑色の蛍光が発することを示す実験
■緑色の蛍光を発した細胞にTCR再構成がみられることを示す実験
■上記実験で緑色の蛍光を発した細胞が多能性マーカーを高発現していることを示す実験
■酸処理した細胞が奇形種(テラトーマ)形成能や試験管の中での分化能を有することを示す実験
■酸処理した細胞を胚盤胞に注入することで個体発生に寄与できることを示す実験

などの実験があった。小保方さんが会見で「STAP細胞作製に200回成功しました」と言ったり、若山教授がインタビューで「自らの手でSTAP細胞の作製に成功しました。」と言う時、それらは実際には「上記いずれかの実験でSTAP細胞の存在を示唆する結果が得られた」ということを意味している。そして、論文の内容についての様々な疑義が明らかになり、論文が撤回されて論文の結論の後ろ盾が全て消えた現在、「上記いずれかの実験での成功」はすなわち「STAP細胞の存在」を意味しない

研究に馴染みの無い人は、若山教授がインタビューで自分とその学生が「自らの手でSTAP細胞作製に成功した」と語っているのを見て、なんだ若山氏もSTAP細胞を作製しているではないかと思うかもしれない。しかし緑色の蛍光の自家蛍光疑惑や、ES細胞混入疑惑が生じている現在、彼らが当時行った実験でそれらの疑惑と無縁であったことを証明できない限り、彼らがSTAP細胞の存在を示唆する実験結果を得たという事実は何の意味も持たない。一部の人は若山教授は何故過去に自らの手でSTAP細胞を作製したことを強調しないのかと疑問に思っているが、このような理由により過去のたった一度の成功を重要視していないからだと考えられる。

理研が現在行っている再現実験はSTAP論文に対して向けられた様々な疑義に答え、実際にSTAP細胞が存在したのかどうか確かめるために行われている。もしそこでもう一度STAP細胞の存在を示唆する実験結果が得られれば先の論文の結論が正しかった可能性を意味するし、そのような実験結果が得られなかったとなれば、STAP細胞は過去には存在せず、間違った実験結果解釈で論文を出してしまったということになる。

研究・科学の世界では、その世界にいないと分からないルールが結構ある。研究の目的の一つに社会への還元がある以上、一般の方への分かりやすい科学の説明は必要だし、そのために研究成果に本来存在する一定の情報が失われてしまうのは仕方のないことではある。しかし、社会現象となったSTAP問題で、科学の言葉を理解しないばかりに一部の研究者に対して不当な批判が向けられているのが最近目に余ると感じたのでこのエントリーを書いた。


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コメント

アナタはホントに科学者か?

>一部の人は若山教授は何故過去に自らの手でSTAP細胞を作製したことを強調しないのかと疑問に思っているが、このような理由により過去のたった一度の成功を重要視していないからだと考えられる。

研究に馴染みのない人間でも、当事者が合理的な説明をしなければ大きな疑問を抱くのは当然ではないか?若山は自らのSTAP細胞作製を強調するどころか、逃げているではないか。
私はNHKのあの番組を見て、若山陣営(貴殿もその末席に居るだろう)が嘘をついている可能性のほうが大きいと感じた。6.16の山梨大会見と、番組での言い分が大きく食い違った。

このエントリーの趣旨は、若山教授がSTAP細胞作製について説明しないのはそもそもその必要性を感じていないからであろうと推測し、その理由を研究に馴染みの無い方に説明する目的だったのですが、ご理解いただけなかったようですね。

>若山は自らのSTAP細胞作製を強調するどころか、逃げているではないか。

よくわからないのですが、なぜ若山教授が積極的にSTAP細胞作製を強調してSTAP細胞を擁護しなければならないのでしょうか?ご本人は既にSTAP細胞の存在を信じておらず、小保方さんがそれを証明するべきと明言されているのですが・・・。

私はNHKスペシャルを見ておりませんので、NHKスペシャルに関する考察は他所で行ってください。

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