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生命科学の研究者のブログ

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「尊敬する人は誰?」

誰かと話していてよく扱われる話題に「尊敬する人は誰?」というものがある。

聞かれるたびに僕が尊敬する人は誰なんだろうと考えるけど、いまいちパッとする答えが思い浮かばない。これまで僕が関わってきた人はごまんといるのに、この人を心の底から、頭のてっぺんから爪先まで尊敬しているという人が見当たらない。

この質問に対してよくある答えのひとつとしては、これまで指導を受けてきた先生がある。自分が過去に指導を受けてきた先生を思い浮かべてみると、なるほど所々で好きな先生はいたし、そういう先生からは少なからず影響を受けてきただろう。しかし、例えば好きだった高校の時の英語の先生は、英語の実力を上げる機会を与えてくれたという点ですごく感謝しているけど、だからといってそれは「尊敬している」には必ずしも当てはまらない。いや、もちろんある意味で尊敬はしているが、「これまでの人生で最も尊敬する人は誰?」という答えには適当ではないと感じる。

家族?家族にも感謝することは山ほどあるが、だからといって一人の人としてその生き方に尊敬しているかというと別にそうでもない。

自分は研究者なので、尊敬の対象として研究者はどうだろう。尊敬する研究者はたくさんいる。その聡明な考え方、美しい論文、たくさんの患者を救った成果、様々な理由で多くの研究者を尊敬している。だから一人に絞るのは難しい。仮に僕の心の中で一番高いスコアを持つ研究者を一人挙げたとしよう。しかし、その研究者と僅差で低いスコアを持つが、同じくらい別角度から僕の考え方に影響を与えている研究者を同時に挙げないとその人に申し訳なくなる。同様の理由で挙げるべき研究者が連鎖的に広がってしまう。

小説家や芸術家も、研究者の場合と同じ理由でダメだ。一人に絞れない。

結局「これまでの人生で最も尊敬する人は誰?」という質問が壮大過ぎて、その壮大さを一人で担保する人を見つけるのは難しいという結論に至る。誰かを尊敬する理由は、その考え方や生き方に共感し、影響を受け、自分のアイデンティティの形成に多大な貢献したからであろう。僕の場合、様々な人から様々な形でその影響を取り入れてきて、それらが混沌と僕のアイデンティティに貢献しているような気がするので、上手く質問に答えられないのだろう。

もしくは、尊敬する人でも、同時にその人の悪い面も知ってしまっているせいもあるかもしれない。尊敬する研究者でも、実は普段は理不尽な要求を下にしたり、女癖が悪かったり等の噂を近い人から聞くと、学会では神みたいな人でも一人の人間なんだなと思う。完璧な人間なんていないし、欠点があるのは当然のこと。むしろ欠点がある事で愛らしく思えるものだ、と言うのは最近になって分かったこと。ある人を尊敬しているからと盲目的に悪い面や欠点に目をつむるのではなく、良い面も悪い面も含めてその人を知ることで、自分なりに租借したインパクトを自分のアイデンティティに影響させる方がバランスが取れて良いと思う。

ちなみにどうしても質問に答えないといけない時は「本田圭佑」と答えるようにしている。同い年だし。過去の投稿も参照


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Author: あぴと
生命科学の研究者。ポスドク。東京という街が好きです。
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