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生命科学の研究者のブログ

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ゾウを観る時に考えること




ゾウは鼻を器用に使って食べ物を口に運ぶ。

僕たちは物心付いた時からゾウという動物を知っている。それが巨大で鼻の長い動物であり、アフリカの大地を闊歩していることを知っている。子供の頃、親に連れられて訪れた動物園でその姿を目の当たりにし、「大きいねー」とか「お鼻が長いねー」とか言いながらはしゃいだ人も多いだろう。そして初めて見た時からゾウは鼻を使って餌を口に運ぶので、多くの人はそれはそういうものなんだろうと心の中でその事実を了承していると思う。

僕もかつては動物園でゾウを見ても特段驚かなくなっていた人の一人だった。

しかし、大学生の時に生命科学の研究者になると決意し、生命科学や進化生物学の講義を受けながら生物についての知識を深めていた時、当たり前に思っていたゾウから生命の神秘を再発見する瞬間があった。

"再発見"という言葉を用いたのは、小学生くらいの時に昆虫を集めたりして自然の中で遊ぶことに傾倒していた時期があり、その頃から生物が好きだったからだ。生命科学の研究者で、かつて昆虫マニアだったという人は多いのではないだろうか。

ただし、そうやって幼少期の自然との触れ合いの中で人々が感じる生命の神秘は、しばしば"多様性"の文脈で語られる。なぜなら多様性は生物の外見だけとっても明らかな概念であり、多種多様な生物が多種多様にこの地球上に暮らしていることに神秘を感じるのだろう。僕もそうだった。

僕が大学で生命科学を学んでいく中でその神秘を再発見した理由は、多様性よりむしろ生物間の"保存"にあった。

例えば解剖の実習。カエルとラットを解剖する機会があった。両生類と哺乳類という違いがありながら、両者には多くの共通点がある。脳・心臓・肺・消化管があり、それらが似たような場所に似たような形で配置されている。腿の筋肉の付き方とかそっくりだ。このことはカエルとラットは基本的に同じシステムで生命を保持していることを意味している。呼吸によって空気を肺に取り入れ、血液に酸素を補給する。血液は心臓によって全身に送り出され、全身の細胞に栄養と酸素を届ける。口から取り入れた食料は胃や小腸で消化され、小腸壁から養分として血液に吸収される。脳は五感から入ってくる情報を処理し、運動神経を介して筋肉を収縮させて行動を起こす。これらの生命を保持するシステムはカエル・ラットに限らず多くの動物種で保存されている。

セントラルドグマと呼ばれる、DNAに書き込まれた遺伝情報から細胞の機能に必要なタンパクを合成するシステムに至っては、動物間ではもとより植物、さらには細菌を含めたすべての生物で保存されている。このことは、地球上のすべての生物がたった一つの祖先からとてつもない時間をかけて現在見られる多種多様な生物に進化してきたということを意味すると考えられている。

今あなたの腸の中でうごめいている何兆個もの大腸菌。その大腸菌とあなたは、何十億年も遡れば、元は同じ生物を先祖としている可能性が高い。

ヒトと大腸菌の先祖が分離したのはたぶん生物史においてもかなりの初期段階だろうが、ヒトとゾウはそれに比べたら超近縁だ。少なくとも同じ哺乳類に分類されているので、生命を保持するシステムはカエルとラットが似通っている以上にヒトとゾウでは保存されている。内臓・筋肉の構造や骨の数までほとんど同じだ。




しかしながら、少し遡ると我々と同じ先祖にたどり着くにも関わらず、ゾウはその巨大な体もさることながら、あの長い鼻をどういうわけか獲得したのだ。長いだけじゃない。今あなたの顔の鼻を鏡で見てみてほしい。顔についてるただの突起も同然で、あなたはその鼻を動かすことはできない。ましてやその鼻を使ってものを掴むことなんて到底できない。できるわけがない。しかしながら、どういうわけかゾウの鼻には発達した筋肉が張り巡らされ、ぶっとい神経が通り、彼らの意の赴くままに動かすことができる。彼らは四肢を体を支えるのに既に使っているにも関わらず、その鼻を五つ目の肢のように駆使し、低い所にある食糧も高い所にある食糧も難なく口に運び、その鼻に水を含んで口に注いだり、水を周囲に振りまいて遊んだりする。さらには訓練されればその鼻に筆を持って絵を描くことだってできるのだ。それはもう鼻と呼ぶには忍びない。我々の顔についているただの突起と同じ名称で呼ぶのは失礼に値するのではないか。

このように多様性はその裏にある保存を考慮することでより神秘的でエキサイティングな生物の魅力になる。

いったいこんな進化がどうやって起こったのか、そんなことが可能なのかと思うが、実際はこの進化は段階的に少しずつ起こったことが分かっている。中間の生物は現代に残っていないのでその進化をイメージすることは難しいが、化石で中間の生物は見つかっている。上野動物園にはその鼻の進化について解説のパネルがある。





動物園や水族館には今でもふらりと一人で立ち寄る。一人で行けば上記のような調子で心行くまで観察していられるから。この生命の神秘は、僕を研究に向かわせる一つの原動力でもある。

[英語] 話すための第一歩

典型的な日本人で、典型的な日本における英語教育を受けてきた人は、概して英語での会話が苦手な傾向がある。

それは日本語と英語で、言語としての構造や語源が月とスッポンほど違うということもあるが、大きな原因としては学校での教育に会話の訓練が欠けているためではないかと思っている。会話の訓練はアウトプットとして本人が自発的に英語を発することを要求されるから、中学高校のような集団教育では一人一人を丁寧にみることができないためだろう。

構造も単語も全く異なる英語を日本人が話せるようになるためには、そのための訓練が必要だ。

具体的にどのような訓練が必要か?

訓練としてやることは原理としては簡単で、
「ゼロから何も見ずに英語のフレーズを発する」
ことをやればいい。

そして、多くの日本人は、まず言語の一番初歩的なレベルから訓練するべきだと思う。

千里の道も一歩から。

一番簡単な文が話せなくて、複雑な文が話せるようになるわけがない。



例えば下記のような意味のフレーズをあなたは英語で言えますか?

・あの大きな家はあなたのですか?

・あなたの子供たちはいつ宿題をしますか?

・その時彼らは先生の言うことを聞いていなかった。

・彼女は、弟はテレビを見ているのだと言った。

・彼女は、歴史を勉強している大学生ですか?


これらのフレーズは語彙や文の構造としては中学校レベルだ。スラスラ英語に変換できただろうか?この程度のフレーズは最も基礎的なものなので、これらのものがスラスラ変換できないなら、まず変換できるように訓練しなくてはならない。
その訓練用にお薦めするのがこの本。

どんどん話すための瞬間英作文トレーニング

僕が大学に入って会話の対策を始めた時、まずこの本を買って勉強した。実は上の例文もこの本からランダムに取ってきたものだ。

やることとしては、文のパターンごとに少しずつ使用する単語が異なる似たような分がセクションごとに羅列されているので、その日本文を見て瞬時に英語に変換できるようにすること。それだけだ。
一回やっただけだと必ず忘れるので、それを何周も行ってしっかりと身に付ける。
この本のレベルとしては中学1年から3年レベルの文しか載ってないが、実は中学三年レベルの文法がマスターできていれば、大抵のフレーズはその応用で組み立てることができるので、この本をマスターすれば大分会話の世界が広がると思われる。

研究者としての責務

研究者を目指す人が、研究者を目指すようになった理由は色々あると思う。

例えば親が研究者で憧れていただとか、自分や親族の病気に触れて治療法を開発したいと思っただとか、ただ単に研究して真理を探究するのが好きだからとか、色々だと思う。

色々な動機があって当然で、それで全く問題ないと思うが、一度研究の世界に足を踏み入れたなら、各々の動機に関わらず「科学」とはいったい何なのか、「科学コミュニティ」の一員として自分の役割は何なのかということを考える機会があるべきだと思う(指導教官がそういう機会を与えるべき)。なぜなら「科学」はそのコミュニティの協力と努力で発展していくもので、研究者は科学の発展のために努力するものだから。

「自分は〇〇のために研究者になったから〇〇のためだけに精力を注ぐ」と考える研究者が居たとすれば、僕はその人は研究者失格だと思う。研究者には「科学コミュニティ」に対して果たすべき義務があり、自分勝手な理由でそれを拒むことは研究者としてあってはならない態度だ。

例えば科学に必要不可欠なシステムとしてpeer review systemがある。論文を投稿した時に同分野の研究者がその内容を査読するこのシステムは、ボランティアで行われる。何故貴重な時間を割いて他人の論文を無償で審査するのかという理由は、どの研究者もpeer review systemの恩恵にあずかることと、そのシステムが科学を推し進めるのに必要だからだ。「第三者によってその内容が精密に審査された」ということは論文の手続きや主張の正当性が保証されることでもあるので、論文を投稿する研究者は必ずその恩恵を受ける。自分だけ投稿者としてpeer review systemの恩恵にあずかって、逆に査読者としてコミュニティに奉仕はしないということは決して褒められた行為ではないので、多くの研究者は論文の査読をたとえボランティアであっても引き受ける。

そしてこのシステムは科学が発展するために必要不可欠だ。論文の手続きや論理構成に誤りが無いか、論文で導かれている結論が妥当なものか査読者が審査することで、きちんとした内容の論文だけが「査読済み」論文として発表される。そしてその信用性のある論文を多くの研究者が読み、それを引用して新たな論文を書くことで科学という「集合知」が発展していく。だから査読という行為は、論文の瑕疵を何とか見つけて何かといちゃもんをつけるような行為では決してなく、「どうしたらこの論文がより多くの研究者のためになる内容になるか」という思考法で行われるポジティブな行為なのだ。このことを理解していないひたすらネガティブな査読者も往々にして存在するようだが。

捏造論文が許されないのは、科学コミュニティに全く貢献しないだけでなく逆に害を及ぼすからだ。peer review systemは性善説に基づき、著者が嘘をついてないという前提で論文を審査する。仮に著者が嘘のデータで論文を投稿しても、多くの場合それを査読者が見抜くことは困難だ。そして一度捏造論文が発表されてしまうと、多くの研究者がその追試等で貴重な時間を浪費してしまう。

だからもし研究者に科学コミュニティに貢献しようという意識があるなら、捏造なんて起こり得るはずがないのだ。捏造は目先の業績や名誉に目がくらんだ卑怯者の行為だ。それに真の研究者としての功績は、たくさんの論文に引用されて科学の発展に寄与した仕事の上に築かれるもので、決して再現不可能な捏造論文の上に築かれるものではない。

昨今の科学業界でのスキャンダルを追いながらそんなことを考えていた。たぶん犯罪が無くならないように、捏造も無くならないだろう。それでも、研究者としての心構えの教育が浸透すれば少しでも愚かな行為が無くなるのではないだろうか。pubpeerを介した匿名者による監視や、SNSによる不正発見の世界同時的な共有が、捏造のダメージを少なくするような方向に働いていることは時代の変化として良い事だと思う。

仮面浪人をした話 その3

わざわざ仮面浪人をしてまで志望校に合格したかった一つの理由は、当時の僕にとって唯一の取り柄は勉強ができることであるように思っていたから。

小学生の時に夢だったサッカー選手は、気づいた時には諦めていた。「諦めずに努力すれば夢は叶うんだ」と大人たちが繰り返し言うことを昔の僕は心のどこかで真に受けていて、「僕も諦めなければ夢を叶えられるんだ」と思っていた。だから客観的に考えれば至って平凡な能力だった小学生の僕も、いつかは花が開く時が来ると漠然と思っていた。

だから高校一年の終わりにサッカー部を辞めた時、とっくに分かっていたはずの現実が「途中で辞める」というどこか後ろめたい行為をより一層重たくし、しばらく僕の気分は沈んでいた。腹を立ててもいた。夢は叶うなんて大嘘じゃないか。なんであんなにたくさんの大人が「夢は叶う」なんて無責任なことを軽く口にできるんだ、と。

練習に参加する必要が無くなり、突然持て余すようになった時間を、忙しさにかまけて放っておいたことを片付けつつ、さて自分の将来をどうするかと漠然と考えて過ごしていた。

サッカー部を辞めるというのは、ある意味僕にとってすごく屈辱的な出来事だったんだと思う。小学生の時に夢は何かと聞かれ、迷わずサッカー選手と答えていたのに、高校生の僕は公然とそれを放り出してしまったから。自分が言ったことを実現することができない才能も根性も無い無能な人間であることを認めているように思えたから。

じゃあ一体自分は何ならできるんだと問うた時に、浮かんだのが勉強だった。同級生の誰もが行けるわけではないレベルの大学に合格することで、少なくとも自分が何かを達成できるんだということが示せるような気がした。

高3になって志望校に合格したい一心で身を削るように勉強した。その後であっけなく志望校に落ちた。滑り止まった大学に通い始めても、僕はサッカー部を辞めた時に味わったのと似たような屈辱を感じていた。またか。あれだけ勉強したのにまた結局達成できなかったのか。

一つだけ違ったのは、完全に終わったわけではなく、まだチャンスがあるように思えたこと。まだ自分が少なくとも何かを達成できるんだということを証明するチャンスが。講義やテストこなしつつこそこそと受験勉強を続け、夏になって理由は分からないけれど現役の時は常にE判定だった模試でA判定が出た時、このチャンスを逃してはならないとまた身を削るような生活を始めた。

結果として仮面浪人一年で雪辱を果たせたことは、自分が何かに取り組む時の自信や動機に結びついているように思う。

勉強がそれなりにできるという才能があったという点で僕は幸運だった思う。サッカー選手やその他の何かになる才能は無かったけれども。多分誰にでもできることじゃない。努力はしたけれども、じゃあ努力すれば誰でもできるかというとできないと思う。サッカーではダメだったけれども、代わりに自分の武器となるような分野を見つけられたことが、その時期の自分にとって何より重要なことだったと思う。

受験シーズンが終わった直後だからか、仮面浪人で検索して訪れる人が結構いるのだけれども、申し訳ないことはあまり一般化して言えるような教訓が無いこと。自分がこういう動機でこういう生活をして、と言うのは僕の時は上手くいったけれども、それを他の人がやって上手くいく保証は全く無い。成功者は「こうしたら上手くいく」と声高に言うかもしれない。でもそれを聞く時に気を付けなくてはいけないことは、その成功者に失敗した経験が無い場合、どうやって失敗を避けるのか説得力のあるアドバイスができないことと、失敗者は多くの場合声を上げないこと。声を上げる成功者に埋もれてたくさんの声なき失敗者がいる。その失敗者はもしかしたら成功者と同じことをしてダメだったのかもしれない。何をどうするのがベストなのか、それは必ずしも成功者の声だけでは導けないように思う。

【関連投稿】
仮面浪人をした話
仮面浪人をした話 その2
部活を途中で辞める奴は根性無しなのか?

人付き合いと年齢とSNS

年齢を重ねると人との付き合い方も変わってくるように思う。もしくは、年齢に応じた人との付き合い方というものがあるのかもしれない。高校生なりの人との付き合い方。大学生なりの付き合い方。社会人なりの付き合い方といった具合に。

高校生の頃は、グループを気にしつつもあまり友達との距離など気にせずに付き合いをしていたように思う。それが大学に入ると、高校の時よりも世界は少し広くなって、一般的な人付き合いのマナーのようなものが頭の片隅に入ってきたような気がする。遠すぎても余所余所しすぎて関係に面白味が無いし、かといって近すぎても拒絶されてしまう。実際に失敗も含めた対人関係の経験の蓄積で適度な距離感のようなものを会得していったのかもしれない。

大学生の頃の僕はそんな対人関係を楽しんでいた所があって、相手を傷つけないように相手の大事な引き出しを開けたいと思っていた。なぜなら相手の中心部に迫るほどその人について理解できるし、その人の考え方や背景を知ることでより関係に深みが生じるように思えたから。一人の人間がどういう風に生きているのか知ることは、それ自体でも興味深いことだし、それを自分の生き方にも反映することができるから。そういう会話は当然一方的なものでは成り立たないので、自分の引き出しも順次開けつつ上手く相手の面白い話を引き出せた時は、その人との関係を一段階進められたような気になった。

そんな楽しかった大学もじきに終わる。大学院に入ると、いつからか周りの人との距離感を広く保つようになり、それが心地よいと思うようになった。会話は決して皆の表面より下に潜るようなことは無く、当たり障りが無くて誰も傷つかないし、引き出しを開けるのにエネルギーを使うこともない、そんな関係が多くなったと思う。それでも長く一緒に過ごしている人に対しては、その人の内部でくすぶっている核の形がおぼろげに分かるようなこともあるけれど、そんな時も不要なことは言葉にはせず、自分はあなたの表面しか知らないんだというような関係を続けているように思う。

おそらく高校生、大学生の頃と比べると、大学院にいる人々は年齢も背景も職も多種多様なので、対人関係の最大公約数のようなもの、どの人も納得できる付き合いの距離感が保守的になるためじゃないかと思う。

面白いと思うのは、各々のステージでネットやSNSが果たしている役割。

例えば僕が大学生の頃はmixiが流行っていて、今読み返したら恥ずかしさで赤面してしまうような赤裸々な日記をよく書いて友達とシェアしていた。恥ずかしいと感じる理由は、おそらくそれが自分の核の部分、大事な引き出しの部分に立脚しているからで、当時よくつるんでいた友達とお互いにより正直な関係がそこにあったのではないかと思う。

mixiの衰退とともに取って代わったFacebookでは、mixiの時と比べてより広い知人とつながっていて、投稿する内容もなんだか当たり障りのない肯定的な内容で、まるでそれぞれのステージの対人関係を二つのSNSが象徴しているようだ。

このブログでは、Facebookでは決して書かないような個人色の強いこともつらつらと書いている。ブログを始めたそもそもの理由は当然違う所にあるが、もしかしたら現実世界でもFacebookでも表面的になった対人関係の裏道として、より自分を自分らしく表現できる場をブログに求めていたのかもしれない。じゃあなんで匿名でやっているんだという話になるが、不特定多数の人に実名で自分をさらけ出すほどの自己開示欲は無いのだと思う。匿名でやっている今だって、すべて洗いざらい正直に書いているわけではないし、自分の一番大事な部分はそう簡単にさらけ出せるものではない。

故人のFacebookページを希望により追悼ページとして残しておく試みをFacebookが行うらしいが、自分のFacebookページが生きた証として皆が閲覧できる場所に残るとするなら、Facebookの投稿への意識も若干変わるように思う。もしかしたらこのブログもいつかは実名に切り替えるタイミングがあるかもしれない。いつか自分が死ぬ時に振り返って、死後に何も残らず無意味な一生だったと感じることは、たぶん恐ろしい事なんじゃないかと予想する(そんなことどうでもいいかもしれないと予想する気持ちもある)。

最近久々に自分の中心部、大事な引き出しを覗く機会があって、そんなことを考えましたとさ。

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あぴと

Author: あぴと
生命科学の研究者。ポスドク。東京という街が好きです。
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生命科学、基礎医学、進化生物学、英語、読書、美術、音楽

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